前回の記事:『やれるかやれないかよりも、やりたいかやりたくないか』にあげたように、私たちは時に、なりたかったものをあきらめることがあります。
本当はプロのスポーツ選手になりたいけど、自分には無理だ。
本当はレギュラーになりたいけど、自分には無理だ。
本当は大学に行きたいけど、自分には無理だ。
本当は会社を立ち上げたいけど、自分には無理だ。
本当は結婚したいけど、自分には無理だ。
本当は歌手になりたいけど、自分には無理だ。
・・・。
例えば、「プロのスポーツ選手になる」は本来手段の一つです。大事な所は『何のために』プロスポーツ選手になりたいのか、です。
そのスポーツをずっとやっていたいから。
そのスポーツをしている自分が好きだから。
そのスポーツに救われたから。
プロになっ自分を馬鹿にした人たちを見返したいから。
プロになればカッコいい人だと思ってもらえるから。
称賛を浴びたいから。
・・・。
その目的を実現させるための手段の一つが「プロのスポーツ選手になる」だったというだけです。
手段は一つではありません。
今現在は存在していない手段を新たに生み出しても良いわけです。
『本当は自分は何がしたいのか。』
『そして、そのための手段にどんな方法があるのか。』
このことを明確にすれば、「困難そうに見える」障害を違った角度からクリアする方法も見つかるかもしれません。明確にするための方法は、今まだ気づいていない自分の意識に目を向けることです。
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