選手の主体性はどうやったら発揮させられるか

動画での解説はこちら↓↓↓

 

最近トレーニングとかでもよく話題に上がってくるのが「主体性」についてのことなんですね。
なので、今回はこの「主体性」をテーマにお話してみようかなって思ってます。

 

「自分には主体性があるかどうか」ってことを考えてみた時に、これって自分では分からないことの方が圧倒的に多いんじゃないかって思うんですね。

 

例えば、主体的じゃない人は自分が主体的じゃないってことを分からない。

 

なぜなら、そもそも「主体的である」ってのがどんな感覚なのかが分からないんだから、それと比べて自分はどうなのかってことを感じることができない。

 

それとは逆に、主体的である人も、自分が主体的であるってことは分からない。

なぜなら、その在り方は自分にとってはごくごく当たり前の感覚で、特別なことだという認識がないから。

 

だから、「主体性」って、自分発信で「もっと自分は主体的になりたい!」って願うことって少ないんじゃないかと思うんです。

 

じゃあ、誰が「主体性をもっと発揮してほしい」と願っているかと、例えば指導者の方とか親御さんとか、本人以外の人が客観的に見て、「もっと主体的に取り組んでほしい」と思っているわけですよね。

 

なので、今回のタイトルを見て興味を持たれるのは、選手ご本人よりも指導者の方や選手のご家族の方なのかなって思います。

 

で、そのことを踏まえた時に、選手の主体性をどうやったら発揮させられるのかという具体的な内容に入る前にお伝えしとかないといけないなと思うのが、

 

「まずはご自身が主体的な在り方を習得してほしい」ということなんです。

 

なぜかというと、ご自身が主体的な在り方でない状態で主体的な選手と関わった時には不調和が生じてくるからです。

 

そうなってしまっては、選手の主体的な在り方をつぶしてしまうことになりかねないですよね。

 

なぜ、そういったことが起こるのかということも含めて今日は解説してみたいと思います。

 

まず、「主体的」の意味を辞書で調べてみると、

 

 

他に強制されたり、盲従したり、また、衝動的に行ったりしないで、自分の意志、判断に基づいて行動するさま。とあります。

 

指導者側から見て、「もっと選手自身が考えて自ら行動してほしい」とか、「指示待ち人間にならないでほしい」とかっていう感覚を持った時に、この動画のテーマ「主体性はどうやったら発揮されるのか」という思いに至るんじゃないかと思うんですが、そういう時って結局、辞書の言葉とは真逆のさま、

他に強制されたり、盲従したり、また、衝動的に行ったりして、他者の意思、判断に基づいて行動するさま。」となってませんか?

 

このことからも明確ですが、選手が主体的でない時って、他者の意思、判断に基づいて行動してる状態なんですね。

 

この状態の時って、自分で課題を見つけてそれをクリアするってことができない状態ですよね。

 

じゃあ、なんで課題を自分で見つけられないのかっていうと、自分がそもそも何を望んでいるのが明確になってない状態だからなんです。

 

望みが明確になっている状態の時には、それを手に入れるためには「もっとこうなりたい、もっとこうしたい、もっとこれがほしい」が出てくるんです。

 

で、これが「課題」なんですね。

 

もしかすると「課題」って「直さなければならないダメな所」という否定的な捉え方をしている人が多いかもしれません。

 

でも、「課題」って望んでいることを現実化するために必要な、「揃うと嬉しいアイテム」なんですよね。

そういう捉え方をすると、課題が見つかったら嬉しいという発想になりませんか?

 

ということは、主体性を発揮させたいなら、自分がワクワクできることって何なのかってことを明確化できればいいってことなんです。

 

でも、主体的でない選手に「お前のワクワクする望みはなんなんだ?明確にしてみろ」って言ってもおそらく「分かりません」って返ってくると思います。

 

じゃあ、その先の対策がいりますね。

 

なぜ、自分の望みなのに分からないのか。

 

それは、何を原動力にして自分を動かしているのかに関係しています。

 

大きく分けると2つに分けることができます。

 

1つ目は「ワクワク」を原動力のベースにして自分を動かしている場合。

2つ目は「恐れ」を原動力のベースにして自分を動かしている場合です。

 

この2つ目の「恐れ」ベースに自分を動かしていることが当たり前の感覚になっているのが、「他に強制されたり、盲従したり、また、衝動的に行ったりして、他者の意思、判断に基づいて行動するさま。」を生み出しているわけです。

 

だから、これまで競技スポーツ界で厳しい指導が当たり前になってきたのは、選手の中にあるこの「恐れ」を煽ることで選手やチームを動かしてきたということなんですね。

 

で、自分にとって恐れてることを避けるために必死に自分を動かす。でも、恐れを感じないことには動けない。つまり、恐れてる状況にならなければ良いわけだから、それ以外なら何でも良いとなる。これが望みが漠然としてしまう理由です。

 

それとは、逆に、恐れを原動力に競技に取り組んでいない選手は、煽られるような恐れがそもそも少ない、というか、恐れに焦点をあてて競技に取り組んでないので、厳しく指導してるのにあまり響かないといったことが起こる可能性がありますね。

 

つまり、主体的な選手ほど、従来通りの恐れを煽る厳しい指導方法では動かないし、それを否定的な違和感として指導者が感じてしまう場合は、指導者側が恐れベースの原動力にしている感覚で選手を見ているということで、その場合には選手と指導者の間に不調和が起きますね。

 

だから、本当に選手の主体性を発揮させてそれを活かしたいと思うのであれば、まず、指導者側が恐れを原動力のベースにすることをやめて、ワクワクを原動力にしている感覚で選手を見られるようになる必要があるということなんです。

 

で、そのために何をしたらいいのかということですが、

 

 

まずは、自分の中に何らかの恐れがあるってことをきちんと認めて、ないことにしないで向き合うこと。

そして内観をして自分と対話ができると、本当に恐れてたものは何だったのかということが見えてきます。

そしたら、その恐れを手放す。

 

こういうことを1つずつ丁寧にやっていくと、恐れのパワーが弱まってきます。

すると、恐れから動くということがだんだん少なくなってきます。

そうなってきたら、自分のマインドに隙間ができてきます。

その隙間ができてくると、今までは見えてこなかった「こんなことしてみたい、こうだったらいいな、こんな自分になってみたい」といったことにワクワクするような望みに視点が向き始めます。

そうなれば、「だったらこうしてみよう、これもできるようになりたい」といったように課題が見え始めます。

 

これが主体性を発揮しているという状態ですね。

 

で、こうなってくるとさらに望みが育ち、新たな課題が見えてきて、それをクリアするためにマインドをシフトさせる。

そうすると、これまでの自分では考えられなかったような可能性が発揮されてステージアップしていく。

 

これがマインドシフトトレーニングで行っていることなんです。

 

もし、トレーニングが必要な場合は、まずは無料の個別相談にお申込みください。

 

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